日の出を待たずして暁起し、蚤の市に向かった。パリには三大蚤の市が北(クリニャンクール)、東(モントルイユ)、南(ヴァンヴ)にそれぞれあって、その中でクリニャンクールは登録されている店舗だけでも3000を超すパリ最大のアンティークマーケットである。全体で見ると広いが区画ごとにある程度ジャンル分けされているので回りやすい。最初に行ったブロックにはジョージアン、ヴィクトリアンの調度品や東洋の骨董品等、目が眩むほどの絢爛豪華なものを扱う店が軒を連ねていたが、中にはただならぬ覇気を発している店もあって決して入りやすい感じではなかった。アールデコとアールヌーボーの量と質は博物館と比べても全く遜色なく、 さすが本場と言ったところ。
他の区画に移動してみると、ワニの剥製、ヴィンテージの人形、ドレス、昆虫の標本などありとあらゆるジャンルの物が売られている。好みの物が多くて目移りして目眩がする。しかし、財布の紐が今年一番弛んだところで気がついた。現金がない。カードで何とかなるだろうと安易な考えでいたが、思いのほか現金オンリーの店が多く欲しいものとの苦渋の決別を繰り返すしかなかった。今書いて、再起してきた残念を払うべく買いそびれた物を書いてみたい。一つ目は1920年代のフランス製の黄緑のグラス。店のオーナー曰く現在は使用が禁止されている色材と製法で作られている珍しいものだとかでアンティークと未来性を兼ね備えたような奇麗な色をしていた。二つ目は内側の底に見開いた目が描かれていたエスプレッソのカップで、目は飲み終わった時に驚かすように描かれたと思うのだが、悪ふざけに走る少年性と悪趣味がたまらなく好きだった。
マーケットには幾つかのアーケードがあって、その一角に本屋が密集していた。本屋は全店カードが使えるので心配無用で商品を見られる。最初に入ったのは古典美術と幻想芸術を多く扱う店で、未知のアーティストの宝庫だった。店長とフランスのアートについて話した際に、「昔は団体が若い無名の作家達を助成して展覧会などのを企画していたが、今はそういう繋がりが無くなってしまい、若い作家にとって難しい時代になった。」と憂いていた。作家同士がサロンで侃々諤々論議をし、大きな運動を形成していった時に比べたら、現在は個々の作家がスタンドプレーしている感じは確かにあると思う(良いか悪いかは別にして)。フランスに来る前から狙っていたFeonor Finiと迷ったが、この日知ったJean-Pierre Alauxという画家の画集を買った。素晴らしい炯眼の持ち主である店長は、彼女の友達で画家でもあるMichel Henricotなる人物を教えてくれた。家に帰ってググってみると、なんとも僕好みの画家ではないか。というか、軽い既視感すらあったが、どこかで観たけか。
二軒目に入った店は壁一面に敷き詰められた本が落ちて来そうで緊張感を維持しなければならなかったが、店長は気さくで饒舌、奥さんは日本人でロンドンとフランスを拠点に日本のカルチャーを紹介していて、三月には日本の奥さんの両親に結婚報告に行くから今から緊張している、なんてことを言っていた。写真を見せてもらったが、品の良さそうな美人の方で、店長も自慢げだった。奥さんとの会話は全て英語だそうで、フランス人と結婚したい願望のある僕にとってこれ以上にない励ましになった。本は金属とエロスを長年描き続けている日本人画家の空山基さんの肉厚な作品集を買った。
次に入ったのは偏った趣味の高級そうな本が陳列されているこぢんまりとした店で、レジに座っているおばさんも愛想がなくて何かを黙々と読んでいる。ジャンルもごちゃ混ぜの本を一つひとつ手に取って眺めていると、どんなものを探しているのかと話しかけられた。趣向を伝えると引っ切りなしに本を持って来てくれて、話してみると趣味が合うところが多く意気投合した。本の値が張るのも、彼女の初版、原版に対するこだわり故で店の半分を占めている自身のコレクションは例外なく初版、原版だという。そして、店に入った時から見えてはいたが言い出せなかった、細江英公が三島由紀夫を撮った伝説の写真集「薔薇刑」を見せて欲しいと言ったら、あれは自分の宝だからダメだと断られた。が、話しているうちに気が変わったのか、特別に見せてくれることに。初版1500部限定で三島、細江両者の署名入りだ。「薔薇刑」何度か再販されてはいるが、写真の再現性に長けたクラヴィア印刷が使われているのは初版だけで、モノクロの明暗が強く特に深淵の黒が際立って見える。それに加えて写真が大判なので、ページをめくる度現れる三島の鋭い眼差し、迫力に圧倒された。
ホステルに帰って、相部屋になったメキシコの大学生と少し談笑。3人のうちの一人が財布をすられたというので、やっぱりパリは治安悪いよねーと賛同を得ようとしたら、別の一人に「フランスは業が巧妙で気づかないけど、メキシコでは頭に銃突きつけられて脅されるから違った治安の悪さだよねー」と言われた。どう考えても銃突きつけられるほうが嫌だけど、そんな環境で生まれ育った青年がここパリでスリに財布を抜かれた事実があるので妙に説得力も持っていた。彼らが別の友達からもらったという強い酒にチリソースを混ぜたものを飲む。不味い。
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