Wednesday, 18 April 2012

パリ 四日目&五日目 〜エロティシズム博物館、ルタンスの香水、王女ミュラ〜


四日目

午前中はエロティシズム博物館(The Museum of Eroticism)へ。古くは石器時代から現代まで、西洋から極東の日本までの快楽の陳列。カーリーヘアの男が狐の耳と牛の足がはえた男性器に股がっている魔除けの鈴、ヤン・シュバンクマイエルの映画「快楽共犯者」に出てきそうな自動自慰装置、寝ている女性を襲い悪魔の子供を産ませるというキリスト教の淫魔インクブス。


常設は地下と一階だけで二階から五階までは特設展示になっており、フランスポルノ映画、人形作家の写真、Jacques Brissotという作家の個展が見れた。エロティシズムのメッカだけあって日本だったら小さなギャラリーでしか扱えないような際物まで堂々と爽快に展示してある。お客さんも早い時間からけっこう来ていた。パリにいたっては元々エロスと生活の距離が近いのか、それとも芸術の文脈で扱うエロティシズムに対してそれ故に寛大なのか。どちらにしても日本のものよりは幾らかの晴朗さを持って扱われているような気がした。世紀末美術の画家エゴン・シーレは『芸術作品にはひとつとして卑猥なものはないのだ。それが卑猥になるのは、それを見る人間が卑猥な場合だけだ。』という。全くもって正論。近頃わいわいもめている児童ポルノ法が是認されるなら、澁澤龍彦がサド裁判で有罪になったの時と状況は変わっておらず、卑猥に対しての認識転換が半世紀近く滞っていることの証左になるのであって、ともすればこの国を憂うほかない。


歩いてギュスタブ・モロー美術館に行ったが、遅過ぎる&長過ぎる(二時間)のランチ休憩だったため今回は諦め、シテ島とセーヌ川を南に跨いだ所にある、古本屋が乱立しているという地域へ。幾つかの店を回って、アート系の写真集や画集で部屋の6面中4面が埋まっている店に狙いを搾って、一点集中。宝探しを開始しようとするが、なんせここは天上天下唯我独尊フランス、扱っている本のほぼ全てがフランス語で書かれているのであって、三日前に辛うじて「メルシー」と「ボンジュール」を言えるようになった外部者の僕に残された頼りは頼りない脳内データベースと写真しか無かったので、棚の端から一冊ずつ心血を注いで視覚で確認作業をすることになる。この日は結局、四時間居たが一面の棚の半分ほどしか見れなかった。

この日の最後に向かったのは、ルーブル美術館の北隣に位置するパレ・ロワイヤル。中世に立てられた歴史的な建物の中央にある庭園を囲んで骨董店やカフェ、高級ブティックが軒を連ねているが、その中に今回の旅行で必ず行こうと心に決めていた、セルジュ・ルタンスの香水店があるのだ。資生堂のイメージクリエーターとして名声を博したルタンスは突如ファッション業界から身を引き、数年の沈黙の後、「ブティックよりも洗練された香水店」をコンスプトに掲げ、ここパレ・ロワイヤルに世界でたった一つの小さな店舗をかまえる。重みのある扉を開くと店内はモーブ色の照明で艶やかに照らされ、四面の壁の上部には月や星、植物、昆虫のモチーフが散りばめられている。中心には側面が等間隔に並んだ弓矢の模様で支えられた螺旋階段がある。ルタンスが香水を創る際に子供の頃を記憶を辿ってイメージを膨らませるように、この店内も彼の幼年期の記憶の欠片で装飾されているのだろう。

ルタンスの美意識は香水一本いっぽんの名前まで抜け目無く及んでおり、『トルコの甘いお菓子』『一輪のユリ』『牝狼』『夜に』『樹のフェミニティ』等、エスプリに富んだ、文学的な匂いのするネーミングは、それを纏った者により豊穣な空想へと誘い込む。悩んだ挙げ句決めたのは、『ラ・ミール』という王女ミュラの伝説をモチーフにした香水。匂いは嗅いでいるうちに背筋を正されるような神聖さがあるが、また同時に「甘美な病院」というイメージも浮かぶ。ギリシャ神話ではミルラの樹液は、王女ミュラの涙とされているようだ。以下、引用。

"ミュラは絶世の美女であったことから、ミュラの母親は娘の美しいことを自慢し「私の娘は、美の女神アフロディデよりも美しい」と神をも畏れず言いふらしていました。そのことがアフロディデの耳に入り、辱めを受けたと思った女神はミュラに『自分の父親を恋い焦がれる』呪をかけてしまいます。

やがてミュラはキプロスも王である実の父親に、恋心をよせ、自分の想いを抑えることが出来ずに、許されない恋に走ります。顔を隠し、素性を偽り、父親である王の寝所に通うようになります。そして、通い始めて12日目に、王は自分を慕って来る女性の顔を見たくなり、その顔を燭台の灯りで照らし、娘であることを知ってしまいました。

王は驚き、悲しみながらも、その行為を恥じ、娘を殺そうとしましたが、まわりに押し止められ、娘を国外へ追い払うことにしました。

国外追放されて、やっと正気を取り戻したミュラは、何ヶ月もの間、砂漠を放浪し、アラビアのシバというところに、たどり着きますが、力尽きてしまい神々に許しを請い、甘んじて罰を受けようとしました。

そこで神々は、ミュラをミルラの木に変えることにしました。ミュラはミルラの木に変えられたのですが、この時すでにミュラは子供を身ごもっていて、やがて、木の皮が裂け「アドニス」が生まれたということです。このアドニスは『美の女神に愛された美少年アドニス』というのも、なんとも皮肉な話ですね。そして、ミルラに姿を変えられてからもミュラは、芳香のする涙を流し続けていると言い伝えられています。"


新約聖書ではミルラはキリスト生誕の時に、没薬として乳香と黄金と共に献上された3つの捧げものの一つとなっている。それは当時、強い殺菌力を持つ没薬は黄金と同じくらい貴重だったからで、「偉大な医者」の象徴ともされていたそうだ。


五日目

早朝から鶏が鳴く様に教会の気違いじみた鐘の連打で起きる。市内にあるフラゴナールの香水博物館に行く。二日目に行った博物館とは別館になっているが、博物館というには貧相でこじんまりとしている。時間もあったので、30分程散歩しようと好き勝手に歩いたら市街地から可成り離れたところまで行ってしまい、結局2時間近くかけて、昨日の古本屋へ到着した。再度、ひたすら本を手に取って発掘作業。三時間でめぼしいものを40冊ピックアップ、さらに選別に選別を重ねて15冊を買った。昨日からずっと気を使ってくれたおじさんに88ユーロを80ユーロ(8000円)にまけてもらう。夜行バスでロンドンまで帰ったはずなのだけど、眠っていたのかほとんど記憶がない。

Saturday, 14 April 2012

パリ 三日目 〜Jean-Pierre Alaux、薔薇刑、空山基〜

日の出を待たずして暁起し、蚤の市に向かった。パリには三大蚤の市が北(クリニャンクール)、東(モントルイユ)、南(ヴァンヴ)にそれぞれあって、その中でクリニャンクールは登録されている店舗だけでも3000を超すパリ最大のアンティークマーケットである。全体で見ると広いが区画ごとにある程度ジャンル分けされているので回りやすい。最初に行ったブロックにはジョージアン、ヴィクトリアンの調度品や東洋の骨董品等、目が眩むほどの絢爛豪華なものを扱う店が軒を連ねていたが、中にはただならぬ覇気を発している店もあって決して入りやすい感じではなかった。アールデコとアールヌーボーの量と質は博物館と比べても全く遜色なく、 さすが本場と言ったところ。


他の区画に移動してみると、ワニの剥製、ヴィンテージの人形、ドレス、昆虫の標本などありとあらゆるジャンルの物が売られている。好みの物が多くて目移りして目眩がする。しかし、財布の紐が今年一番弛んだところで気がついた。現金がない。カードで何とかなるだろうと安易な考えでいたが、思いのほか現金オンリーの店が多く欲しいものとの苦渋の決別を繰り返すしかなかった。今書いて、再起してきた残念を払うべく買いそびれた物を書いてみたい。一つ目は1920年代のフランス製の黄緑のグラス。店のオーナー曰く現在は使用が禁止されている色材と製法で作られている珍しいものだとかでアンティークと未来性を兼ね備えたような奇麗な色をしていた。二つ目は内側の底に見開いた目が描かれていたエスプレッソのカップで、目は飲み終わった時に驚かすように描かれたと思うのだが、悪ふざけに走る少年性と悪趣味がたまらなく好きだった。


マーケットには幾つかのアーケードがあって、その一角に本屋が密集していた。本屋は全店カードが使えるので心配無用で商品を見られる。最初に入ったのは古典美術と幻想芸術を多く扱う店で、未知のアーティストの宝庫だった。店長とフランスのアートについて話した際に、「昔は団体が若い無名の作家達を助成して展覧会などのを企画していたが、今はそういう繋がりが無くなってしまい、若い作家にとって難しい時代になった。」と憂いていた。作家同士がサロンで侃々諤々論議をし、大きな運動を形成していった時に比べたら、現在は個々の作家がスタンドプレーしている感じは確かにあると思う(良いか悪いかは別にして)。フランスに来る前から狙っていたFeonor Finiと迷ったが、この日知ったJean-Pierre Alauxという画家の画集を買った。素晴らしい炯眼の持ち主である店長は、彼女の友達で画家でもあるMichel Henricotなる人物を教えてくれた。家に帰ってググってみると、なんとも僕好みの画家ではないか。というか、軽い既視感すらあったが、どこかで観たけか。


二軒目に入った店は壁一面に敷き詰められた本が落ちて来そうで緊張感を維持しなければならなかったが、店長は気さくで饒舌、奥さんは日本人でロンドンとフランスを拠点に日本のカルチャーを紹介していて、三月には日本の奥さんの両親に結婚報告に行くから今から緊張している、なんてことを言っていた。写真を見せてもらったが、品の良さそうな美人の方で、店長も自慢げだった。奥さんとの会話は全て英語だそうで、フランス人と結婚したい願望のある僕にとってこれ以上にない励ましになった。本は金属とエロスを長年描き続けている日本人画家の空山基さんの肉厚な作品集を買った。


次に入ったのは偏った趣味の高級そうな本が陳列されているこぢんまりとした店で、レジに座っているおばさんも愛想がなくて何かを黙々と読んでいる。ジャンルもごちゃ混ぜの本を一つひとつ手に取って眺めていると、どんなものを探しているのかと話しかけられた。趣向を伝えると引っ切りなしに本を持って来てくれて、話してみると趣味が合うところが多く意気投合した。本の値が張るのも、彼女の初版、原版に対するこだわり故で店の半分を占めている自身のコレクションは例外なく初版、原版だという。そして、店に入った時から見えてはいたが言い出せなかった、細江英公が三島由紀夫を撮った伝説の写真集「薔薇刑」を見せて欲しいと言ったら、あれは自分の宝だからダメだと断られた。が、話しているうちに気が変わったのか、特別に見せてくれることに。初版1500部限定で三島、細江両者の署名入りだ。「薔薇刑」何度か再販されてはいるが、写真の再現性に長けたクラヴィア印刷が使われているのは初版だけで、モノクロの明暗が強く特に深淵の黒が際立って見える。それに加えて写真が大判なので、ページをめくる度現れる三島の鋭い眼差し、迫力に圧倒された。


ホステルに帰って、相部屋になったメキシコの大学生と少し談笑。3人のうちの一人が財布をすられたというので、やっぱりパリは治安悪いよねーと賛同を得ようとしたら、別の一人に「フランスは業が巧妙で気づかないけど、メキシコでは頭に銃突きつけられて脅されるから違った治安の悪さだよねー」と言われた。どう考えても銃突きつけられるほうが嫌だけど、そんな環境で生まれ育った青年がここパリでスリに財布を抜かれた事実があるので妙に説得力も持っていた。彼らが別の友達からもらったという強い酒にチリソースを混ぜたものを飲む。不味い。